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京都地方裁判所 昭和62年(ワ)411号 判決

原告

中野佳子

ほか二名

被告

京都市

ほか二名

主文

一  被告らは各自、原告中野佳子及び同中野佳愛に対し各金四〇八八万七五三四円及びこれに対する昭和六〇年一一月八日から支払い済みまで年五分の割合による金員、原告中野照子に対し金二一〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月八日から支払い済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告中野佳子及び同中野佳愛に対し各金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月八日から支払い済みまで年五分の割合による金員、同中野照子に対し金三一〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月八日から支払い済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

昭和六〇年一一月八日午後九時五六分ころ、京都市中京区烏丸通六角下ル観音町六三二番地先烏丸六角交差点(以下「本件交差点」という。)において、被告山下輝秋(以下「被告山下」という。)の運転する道路清掃車(大型特殊自動車、京九九は一〇九号。以下「被告車」という。)が亡中野誠一(以下「誠一」という。)の運転する原動機付自転車(京都市北は六四〇四号。以下「誠一車」という。)に衝突する交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2  誠一の死亡

(一) 誠一は昭和六〇年一一月八日午後一〇時二五分ころ死亡した。

(二) 誠一の死亡は本件事故が原因である。

3  責任原因

(一) 被告山下の過失

被告山下は本件事故前被告車を運転し、烏丸通(以下「本件道路」という。)を北行し本件交差点手前で信号待ちのため停止したが、被告車左右には金属性の回転清掃刷毛(以下「ブラシ」という。)が取付けられ、被告車発進と同時にブラシが回転するのであるから、被告山下としてはブラシが他車に衝突することのないよう周囲の安全を確認のうえ被告車を発進させるべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と被告車を発進させた過失により本件事故を発生させた。

(二) 被告オグラロード・サービス株式会社(以下「被告会社」という。)の運行供用者責任

被告会社は被告車の運行供用者である。

(三) 被告京都市(以下「被告市」という。)の運行供用者責任

(1) 本件道路の道路管理は道路法による被告市の事務であり、被告市(代表者京都市長今川正彦。以下被告市の行為につき代表者の記載を省略する。)は昭和六〇年四月一日、被告会社(代表者代表取締役小倉権。以下被告会社の行為につき代表者の記載を省略する。)に対し、右事務処理のため本件道路の清掃を昭和六一年三月三一日までの間請負わせる旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(2) 被告会社の従業員である被告山下は、本件契約の履行として本件道路を清掃中、本件事故を発生させた。

(3) 本件契約締結に際し、被告市と被告会社は左記条項につき合意した。

被告会社は委託業務の処理につき被告市の指示に従わなければならない。

被告市は必要があるときは委託業務の中止、内容変更又は履行期間の伸縮をすることができる。

被告会社は委託業務を完了したときは、その旨を被告市に通知しなければならない。

被告市は右の通知を受けたときは、一〇日以内に目的物について検査を行なうものとする。

右検査に合格しないときは、被告会社はその負担において、被告市の指示するところにより補正しなければならない。

被告会社が履行期間内に委託業務を完了する見込みがないとき、正当な理由なくて契約を履行しないとき、契約の締結又は履行につき不正の行為があつたとき、契約の履行にあたり被告市の指示に従わなかつたとき又はその職務を妨害したとき、その他契約条項に違反したときは契約を解除することができる。

(4) 被告会社は本件契約の履行に関し、毎月末までに翌月の作業計画を作成して被告市に提出し、被告市の承認を得てその作業計画に基づき作業を実施し、作業完了ごと毎朝被告市にその旨報告していた。

4  損害

(原告中野佳子及び中野佳愛)

(一) 誠一の逸失利益(金二億二八一四万三二五〇円)

(1) 誠一は、一級建築士の資格を有し、中野建築設計事務所を開設し、昭和五九年一一月ないし昭和六〇年一〇月の間、金八一七万円の収入を得た。

(2) 誠一は本件事故当時三二歳であり、就労可能年数は事故後三五年であつた。

(3) 誠一は日本における数多くの建築家の中でもトツプ集団に属し、将来を嘱望されていた者であるから、その収入は毎年五パーセントずつ増加することが確実であつた。

(4) 誠一の収入に占める経費はその一〇パーセントである。

(5) 誠一の所得に占める生活費はその三分の一である。

(6) よつて誠一の逸失利益は左記計算式のとおり、金二億二八一四万三二五〇円となる。

(計算式)380,238,750(別紙のとおり算出された収入)×0.9(経費率10%の控除)×2/3(生活費の1/3控除)=228,143,250円

(二) 誠一の慰藉料

誠一の死亡による慰藉料は金三〇〇万円が相当である。

(三) 相続

原告中野佳子(以下「原告佳子」という。)は誠一の妻、同中野佳愛(以下「原告佳愛」という。)は誠一の子であり、他に誠一の相続人はいない。

(四) 葬祭費

原告佳子及び同佳愛(法定代理人親権者母佳子。以下原告佳愛の行為につき法定代理人の記載を省略する。)は誠一の葬祭費として各金五〇万円を支出した。

(五) 原告佳子及び同佳愛の慰藉料

夫であり父であつた誠一の死亡による原告佳子及び同佳愛の精神的苦痛は極めて大きいものがあり、慰藉料は各金一〇〇〇万円が相当である。

(六) 原告佳子及び同佳愛の弁護士費用

原告佳子及び同佳愛は本訴提起に際し、原告ら訴訟代理人に対し本訴の弁護士費用として各金二五〇万円を支払う旨約した。

(原告中野照子)

(七) 原告中野照子(以下「原告照子」という。)の慰藉料

(1) 原告照子は誠一の母である。

(2) 誠一の死亡による原告照子の精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

(八) 原告照子の弁護士費用

原告照子は本訴提起に際し、原告訴訟代理人に対し本訴の弁護士費用として金一〇万円を支払う旨約した。

よつて被告山下に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告会社及び被告市に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告佳子及び同佳愛は各金一億一四〇七万一六二五円から自動車損害賠償責任保険の保険金各金一二五〇万五九五〇円を控除した残額の内各金五〇〇〇万円及び本件事故の日である昭和六〇年一一月八日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い、原告照子は金三一〇万円及び本件事故の日である右同日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告山下)

1 請求原因第1項(本件事故の発生)の事実は認め、同第2項(誠一の死亡)の事実のうち(一)(死亡事実)は認め(二)(死亡原因)は不知。

2 同第3項(責任原因)(一)(被告山下の過失)の事実は否認する。

3 同第4項(損害)のうち(一)(誠一の逸失利益)、(二)(誠一の慰藉料)は不知、(三)(相続)の事実は認め、(四)(葬祭費)、(五)(原告佳子及び同佳愛の慰藉料)、(六)(原告佳子及び同佳愛の弁護士費用)は不知、(七)(原告照子の慰藉料)のうち(1)(誠一の母)の事実は認め(2)(慰藉料額)は不知、(八)(原告照子の弁護士費用)は不知。

(被告会社)

1 被告山下の認否第1項と同旨

2 請求原因第3項(責任原因)(二)(被告会社の運行供用者責任)は認める。

3 被告山下の認否第3項と同旨

(被告市)

請求原因第1項(本件事故の発生)の事実は認め、同第2項(誠一の死亡)は不知、同第3項(責任原因)(三)の事実は認め、同第4項(損害)は不知。

三  抗弁

1  過失相殺

(被告三名)

(一) 誠一は本件事故前被告車を右後方から追い越すに際し、被告車の動静に充分注意しつつ誠一車を進行させるべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と進路を左に変更したため本件事故が発生した。

(被告市)

(二) 誠一は本件事故前被告車附近で停車するに際し、被告車が道路清掃車であり運転席屋根に警告灯が点滅していたのであるから、誠一としては被告車運転席右側に広範な死角の存在することを予想し、死角方向に停車することを避けるべき注意義務があるのにこれを怠り、死角付近に停車したため本件事故が発生した。

2  被告市の運行供用者責任に対する抗弁

(被告市)

(一) 被告市の職員は、被告会社の道路清掃車運行に関し、運行直前又は運行中に具体的指示をすることはない。

(二) 被告市は被告会社の道路清掃車に関し、装備の取換え、補修を命ずることはできず、また不適当な作業員の交替を求めることもできない。

(三) 被告会社の道路清掃車車体に、自治体の清掃事業であることを示す標章の表示は義務づけられていない。

(四) 被告会社は被告市の清掃事業のみならず、他の地方自治体、国、道路公団、民間会社の発注による道路清掃にも従事している。

(五) 以上の諸事情によれば、被告市は、本件事故当時、被告車に対する運行支配、運行利益を有していたとはいえないから、運行供用者責任を負うものではない。

四  抗弁に対する認否

抗弁第1項(過失相殺)は否認し、同第2項(被告市の運行供用者責任に対する抗弁)(一)ないし(四)は不知。(五)は争う。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因第1項(本件事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  同第2項(誠一の死亡)について

1  同項(一)(死亡事実)について

(被告山下、同会社関係)

右事実は当事者間に争いがない。

(被告市関係)

いずれも成立に争いがない甲四、五号証によれば、右事実を認定することができる。

2  同項(二)(死亡原因)について

前掲甲四、五号証に加え、原告佳子本人尋問の結果を総合するならば、誠一は本件事故後救急車で京都四条病院に搬送され同病院医師らによる治療が行われたにもかかわらず、本件事故の約二〇分後に死亡した事実、及び医師の作成した誠一の死亡診断書には、誠一の死亡原因としてバイク搭乗中道路清掃車に巻き込まれたという状況における外傷性シヨツクである旨記載のある事実を認定することができ、右事実を総合するならば、誠一が本件事故を原因として死亡した事実を認定することができる。

三  同第3項(二)(被告会社の運行供用者責任)は当事者間に争いがない。

四  同第4項(損害)について

1  同項(一)(誠一の逸失利益)について

(一)  同項(一)(1)(事故前の収入)について

原告佳子本人尋問の結果及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる甲八ないし二七号証によれば、同事実を認定することができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  同項(一)(2)(就労可能年数)について

前掲甲五号証及び原告佳子本人尋問の結果並びに経験則によれば、同事実を認定することができる。

(三)  同項(一)(3)(将来の収入増加)について

いずれも成立に争いがない甲二九ないし三一号証、同三五、三六号証の各一、二、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同四〇、四一号証の各一、同四二号証の一、七、一〇及び原告佳子本人尋問の結果によれば、誠一が本件事故当時一級建築士の資格を有して建築家として活躍し、関係者からその将来につき期待されていた事実を認めることはできるが、右事実から直ちに誠一の収入が年々五パーセントずつ確実に増加する事実を認定することはできない。また原告佳子本人尋問の結果及び官署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は同尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲三二号証によれば、建築家で誠一の先輩にあたる若林広幸が昭和六一年度分の所得税の確定申告において、事業収入年額金二一一七万二五七三円、給与収入年額金八四万円である旨の確定申告をした事実が認められるが、誠一が将来右若林と同様の収入を得ると認めるに足る証拠は存しないことに加え、右甲三二号証によれば、右確定申告において若林の事業所得は金五八九万五九四九円と申告がなされ、前記認定の誠一の本件事故前の収入及びそこから推定される所得と比べて然程高額ではない事実が認められ、これらの事実を合わせ考慮するならば、右若林の確定申告の内容から直ちに原告ら主張の様な誠一の将来の収入増加を認定することはできず、他に右事実を認定するに足る証拠は存しない。

(四)  同項(一)(4)(経費)について

原告佳子本人尋問の結果及び官署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は同尋問結果により真正に成立したものと認められる甲三三号証によれば、誠一の昭和六〇年度の所得につき昭和六一年三月一五日確定申告がなされ、その申告書には事業収入金六五六万円、事業所得金五九〇万四〇〇〇円と記載があり、従つて右収入における経費がその一割として申告がなされている事実を認めることができる。しかしながら、右甲三三号証によれば、申告書添付の収入内訳書経費欄では「経費計」欄にのみ記載がなされ経費の内訳については何ら記載のない事実が認められ、また原告佳子本人尋問の結果によれば、誠一は同人の事業に関し帳簿類の記載をしていなかつたばかりか領収書も保存しておらず、右申告における経費の額は申告を代理した税理士と原告佳子による推測の域を出ない事実が認められることに照らすと、右申告上の経費率を直ちに採用することはできない。そこで、誠一の収入に占める経費率は建築士の平均経費率である二割をもつてするのが相当である。

(五)  同項(一)(5)(生活費)について

前掲甲五、三三号証、原告佳子本人尋問の結果によれば、誠一は本件事故当時三三歳で原告佳子及び同佳愛と同居し両名を扶養していた事実が認められ、これらの事実に前記認定の誠一の所得を総合するならば、誠一の生活費は所得の三分の一とみるのが相当である。

(六)  逸失利益の計算

前記認定のとおり、誠一は事故前一年間に金八一七万円の収入を得ており、就労可能年数は三五年であるから、金八一七万円に一九・九一七四五(三五年に相当する新ホフマン係数)を乗じ、経費としてその二割を控除し、残額から生活費としてその三分の一を控除すると、誠一の逸失利益は左記計算式のとおり金八六七八万六九六八円となる。

(計算式)

817万円×(1-0.2)×19.91745×(1-1/3)=8678万6968円

(一円未満切捨)

2  同項(二)(誠一の慰謝料)について

右認定事実を総合するならば、誠一の死亡による慰藉料は金二〇〇万円が相当である。

3  同項(三)(相続)について

(被告山下、同会社関係)

同事実は当事者間に争いがない。

(被告市関係)

前掲甲五号証及び原告佳子本人尋問の結果によれば、同事実を認定することができる。

4  同項(四)(葬祭費)について

前記認定事実及び弁論の全趣旨を総合するならば、右事実を認定することができる。

5  同項(五)(原告佳子及び同佳愛の慰謝料)について

前記認定事実を総合するならば、誠一の死亡による原告佳子及び同佳愛の慰謝料は各金六〇〇万円が相当である。

6  同項(七)(原告照子の慰謝料)について

(一)  同項(七)(1)(誠一の母)について

(被告山下、同会社関係)

同事実は当事者間に争いがない。

(被告市関係)

前掲甲五号証によれば同事実を認定することができる。

(二)  同項(七)(2)(慰謝料額)について

前記認定事実を総合するならば、誠一の死亡による原告照子の慰謝料は金二〇〇万円が相当である。

五  請求原因第3項(責任原因)(一)(被告山下の過失)、抗弁第1項(過失相殺)(一)(追越不適当)について

1  前記認定の各事実に加え、成立に争いがない乙一号証を総合すれば、以下の事実を認定することができる。

(一)  本件交差点南方二メートルないし六・六メートルの地点に幅四・六メートルの横断歩道(以下「横断歩道」という。)があり、横断歩道南端から南方一・三五メートル及び七・一五メートルの地点には、それぞれ二輪車停止線及び四輪車停止線が引かれている。また本件交差点南側の本件道路北行車道は道路西端から幅二・五メートルの二輪車走行車線(以下「二輪車線」という。)、二輪車線東端から幅三・二五メートルの四輪車走行車線(以下「西側車線」という。)、西側車線東端から更に四輪車走行車線が存する。

(二)  本件事故の約一五分後である昭和六〇年一一月八日午後一〇時一〇分ないし同日午後一〇時五〇分の間に行われた司法警察員らによる本件事故の実況見分の際、以下の事実が確認された。

(1) 二輪車線を本件交差点内に延長した位置に被告車が停止し、被告車右側車体下部に誠一車が前輪を北に向け引きずり込まれた状態で横倒しになつていた。

(2) 横断歩道南端で車道西端から二・九メートルの地点を起点として北へ向け一条のタイヤ痕が存し、その終点から誠一車横転位置へ向け擦過痕が存した。

(3) 被告車は地上高四三センチメートルの右側ブラシ取付円盤(以下「円盤」という。)の外周端及び車体前部右側から中央部にかけ底部に擦過痕があり、その他の損傷部位は存しなかつた。

(4) 誠一車は全壊状態であり、後部ナンバープレートに地上高三三センチメートルないし四三センチメートルにかけ擦過痕が存した。

2  右認定事実に加え、成立に争いがない乙四号証を総合すれば、被告車円盤の擦過痕と誠一車後部ナンバープレートの擦過痕は、誠一車を立たせた状態でその位置が符合する事実を認定することができる。

3  右認定事実に加え、証人上前元一、同服部新平の各証言、原告佳子、被告山下各本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実を認定することができる。

(一)  上前元一は本件事故前普通乗用自動車を運転し西側車線を北行して本件交差点手前に至り、信号待ちのため二輪車停止線と四輪車停止線の間付近に自車前部が位置する状態で停止した。そのころ被告車も本件道路の二輪車線上(但し、西側車線に少しまたがる状態)を北行して本件交差点手前に至り、信号待ちのため四輪車停止線をまたぐ位置に停止した。そのころ誠一車も同様に北行して本件交差点手前に至り信号待ちのため停止した。

(二)  その後被告車が、前方信号が青になる直前、三速で発信したとろ、被告車右側ブラシ及び円盤が誠一車後部ナンバープレート付近に衝突し誠一車は転倒したが、被告車は誠一車を底部に巻き込み引きずつて走行を続け、本件交差点内で停止した。

4  いずれも成立に争いがない甲三号証、同三九号証の一ないし三によれば、被告車の三速における走行速度は七・一ないし一二・一キロメートル毎時であり、ブラシは道路清掃のため被告車の車体から外側に約三〇センチメートル突出した状態で、回転しつつ走行する仕組みとなつている事実が認められる。

5  そこで、以上の認定事実を総合するならば、被告山下が本件交差点手前の前記停止位置から被告車を発進させた際、信号待ちのため被告車右前方に停止していた誠一車の後部ナンバープレート付近に被告車右側ブラシ及び円盤を衝突させた事実を認定することができる。即ち、被告車右側ブラシ及び円盤が誠一車後部ナンバープレート付近に衝突するためには、右認定のとおり既に被告車右前方に停止していた誠一車に被告車が発進追突したか、又は被告主張の様に被告車右側後方に停止していた誠一車が発進後被告車を追い越し左に進路を変えた瞬間かその後に衝突が起こつたか、そのいずれかであると考える外はないが、誠一車の追越し後に衝突が起こつたと考えることは、以下の点で不自然不合理であつてその可能性をも認めることができない。

(一)  前記認定のとおり、本件では被告車右ブラシ及び円盤が誠一車後部ナンバープレートに衝突しているが、この様な衝突は、誠一車後部ナンバープレートが被告車右ブラシ及び円盤よりも前方に位置する状態でなければ起こり得ないものである。従つて仮に誠一車が被告車を追い越して衝突が起こつたとすると、誠一車が既に被告車の追い越しを完了して被告車右前方に出た後に衝突が起こつたと考えざるを得ない。

(二)  前記認定のとおり被告車が第三速で発進している以上、その速度はせいぜい一二・一キロメートル毎時に過ぎず、仮に誠一車が被告車を追い越した後に追突されたとすると、一旦被告車を追い越すまでに加速した誠一車が何故右程度しか速度の出ていない被告車に後方から追突されたのか理解に苦しむものと言わざるを得ない。また誠一車が被告車を追い越した後、急激に減速したため追突された可能性は絶無とまでは言えないものの、交差点手前で信号待ちのため停止していた二輪車が発進して前方の大型車を追い越した後、急激に一〇キロメートル毎時程度まで減速するなどということは通常は起こり得ないことであるうえ、他に誠一車が右の様に急激な減速を行わざるを得ない事情は証拠上何らうかがうことはできない。

(三)  前記認定の各事実、特に右実況見分の際に認められたタイヤ痕及び擦過痕の状態に鑑みるならば、誠一車と被告車の衝突が起こつた地点は横断歩道南端付近であると認められる。前記認定のとおり、信号待ちの際被告車は自車前部が四輪車停止線にまたがる状態で停止しており、横断歩道南端から四輪車停止線までの距離は七・一五メートルであるから、被告車は発進後衝突までの間に右七・一五メートルから誠一車の車長を控除し、更に被告車が停止した際に四輪車停止線の前方に出ていた部分の長さを控除した程度の距離しか進行していない事実が認められる。仮に誠一車が被告車を追い越した後に衝突が起こつたとして、被告車が右の程度しか進行していない事態を合理的に説明するためには、誠一車が急激に加速して被告車を追い越し直ちに急激に減速したため被告車が進行する間もなく衝突が起こつたと考えるか、又は被告車が極めて低速で進行したため衝突までの間に余り進行しなかつたと考えるか、そのいずれかの事態を想定する他はない。しかしながら、誠一車が急激に加速し追い越し後急激に減速したなどということは、(二)で認定したとおり全く不自然であり考え難く、また被告車が極めて低速で進行したとすると、その様に低速で進行していた被告車に何故誠一車が追い越し後に追突されたのか理解に苦しむと言わざるを得ない。

6  以上のとおり、被告車は信号待ちのため既に右前方に停止していた誠一車に追突したものと認められ、誠一の追越し行為は認定できないので、追越しの存在を前提とする被告らの過失相殺の主張(抗弁第1項(一))事実を認定することはできない。

証人上前元一の証言中、誠一車がブラシ後方に停止したとする部分は、右認定事実に照らし採用できない。

7  以上認定の事実に加え、被告山下本人尋問の結果を総合すれば、請求原因第3項(一)(被告山下の過失)を認定することができる。

六  請求原因第3項(三)(被告市の運行供用者責任)及び抗弁第2項(同請求原因に対する抗弁)について

1  請求原因第3項(三)の事実は当事者間に争いがない。

2  右事実によれば、本件において被告市の運行供用者責任を認めることができる。

(一)  本件道路の道路管理は道路法により被告市の行なうべき事務とされ、被告市は右事務処理のため本件道路の清掃を被告会社に委託していたのであり、被告会社の従業員である被告山下がこれに基づき本件道路を清掃中、本件事故が発生したものである。

(二)  被告市は本件契約に基づき、契約上の業務の処理に関し被告会社に対する指揮監督を行なうことができ、右指揮監督は被告車の運行についても及んでいるものと認められる。

(1) 本件契約において、被告市は委託業務の処理につき被告会社を指示し得る旨定められ、その指示の範囲につき何ら限定はされていないばかりか、被告会社は委託業務を完了したときは被告市に対する通知義務を負い、被告市は通知を受けて目的物に対する検査を行い、被告会社の業務処理状況について把握することが可能であり、更に被告市は被告会社に補正を命ずることができ、被告会社の補正状況により一層被告会社の業務処理状況を把握することのできる契約内容となつている。

(2) 本件契約において、被告市の被告会社に対する右指示を実効性あらしめる規定が定められている。即ち被告市は必要があるときは委託業務の中止等をすることができるから、被告会社の業務処理が不適当であると認めればその中止をすることができ、更に是正を求める被告市の指示に被告会社が従わないときは、被告市は本件契約を解除することができる。

(3) 被告会社が道路清掃車を運行して委託を受けた道路の清掃を行なうことは、まさに委託業務の処理そのものであり、被告会社の道路清掃車が整備不良であつたりその運転者が不適格者であるという様な事態は、委託業務の処理に重大な支障をもたらすものであるから、被告市は委託業務の処理に関する指示として被告会社に対し清掃車の整備や不適格な運転者の交替を求めることができ、被告会社がこの指示に従わないときは、被告市は委託業務を中止し更には本件契約を解除することができる。

(三)  被告会社はあらかじめ被告市の承認を得た作業計画に基づいて委託業務を処理し、作業完了後被告市への報告も怠つていなかつたのであり、被告会社が本件契約に定める被告市の指揮監督権の行使を妨げていた等の事情も認められない。

(四)  自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者に該当するためには、自動車の運行によつて利益を得ていることに加え、その運行を事実上支配管理することのできることが必要であるが、右支配管理とは、個々の車両を実際に逐一かつ具体的に支配管理するまでの必要はなく、間接であつてもその様な支配管理をなし得る地位にあれば足りるところ、本件において被告市は、本件契約に基づき被告会社に対する前述の指示を行なうことにより、被告会社の道路清掃車の運行を、被告会社を通じて間接的に支配管理することのできる地位にあると認められる。従つて被告市は、被告会社が本件契約の定める委託業務の処理として被告会社の道路清掃車を運行する範囲内において、右道路清掃車を自己のために運行の用に供している者に該当するものというべきである。

3  被告市は抗弁として、被告市が運行供用者に該当することを妨げるべき事実を主張するが、右主張を採用することはできない。

(一)  抗弁第2項(一)について

前述のとおり、被告市の運行供用者責任が認められるためには、被告市が被告会社に対する指示等を通じて間接的に道路清掃車の運行を支配管理し得る地位にあれば足り、被告市の職員が道路清掃車の運行中又は直前に具体的指示を現に行なつていることまでは必要とされないうえ、具体的指示が実際には行なわれていないとしても、これは被告市が事実上指示を行なつていない過ぎず、指示を行ない得る被告市の地位には何ら影響を与えるものではないから、右主張には理由がない。

(二)  同項(二)について

前記認定の事実及び丙1号(成立に争いがない)によれば、むしろ被告市は道路清掃車の補修や不適当な作業員の交替を求めることができるものと認められ、被告主張事実を認定するに足る証拠は存しない。

(三)  同項(三)(四)について

道路清掃車車体に標章の表示が義務づけられていないこと、被告会社が被告市以外の発注による道路清掃を行なつていることは、いずれも市の運行供用者責任を認める右判断には影響がないので、右主張はいずれも理由がない。

七  抗弁第1項(過失相殺)(二)(停止位置)について

被告者が道路清掃車であり運転席屋根に警告灯が点滅していても、この事実のみから誠一が当然に被告者運転席右側に広範な死角の存在することを認識するものとはいえず、むしろ一般の運転者としては、被告者運転席からの確認又はミラーによる確認により、周囲の車両の存在は一般の大型者と同程度の範囲で確認可能であると考えるのが通常であり、また、確認をすべき筋合いのものであるから、誠一が仮に被告車死角方向で停車したとしても、過失相殺すべき事実には該当しない。

八  認容すべき請求金額

1  誠一の損害は逸失利益金八六七八万六九六八円、慰藉料金二〇〇万円、合計金八八七八万六九六八円であり、相続人である原告佳子及び同佳愛が法定相続分により各金四四三九万三四八四円を相続した。

2  原告佳子及び同佳愛の損害(弁護士費用を除く)は、葬祭費各金五〇万円、慰謝料各金六〇〇万円であり、誠一からの相続分を合計すると各金五〇八九万三四八四円となる。

3  原告佳子及び同佳愛は、自動車損害賠償保険の保険金各金一二五〇万五九五〇円を控除して請求するので、これを右損害額から控除すると、残額は各金三八三八万七五三四円となる。

4  以上の事実を総合するならば、原告佳子及び同佳愛の弁護士費用(請求原因第4項(六))は各金二五〇万円が相当と認められる。

5  よつて原告佳子及び同佳愛につき認容すべき請求金額は(遅延損害金を除き)各金四〇八八万七五三四円となる。

6  原告照子の損害(弁護士費用を除く)は慰謝料金二〇〇万円であり、以上の事実によれば原告照子の弁護士費用(請求原因第4項(八))は金一〇万円が相当と認められるので、原告照子につき認容すべき(請求金額は遅延損害金を除き)金二一〇万円である。

九  結論

よつて原告らの本訴請求は、被告山下に対する不法行為による損害賠償金のうち並びに被告会社及び被告市に対する自動車損害賠償保障法三条による賠償金のうち、原告佳子及び同佳愛は各金四〇八八万七五三四円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年一一月八日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告照子は金二一〇万円及びこれに対する本件事故の日である前同日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余はいずれも失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三 河合健司 長沢幸男)

別紙

事故後年数 年収 ホフマン係数(二年目の係数より前の一年目の係数を差引いた)

一 八一七×〇、九五二=七七七、七八四

二 八五七×〇、九〇九=七七九、〇一三

三 八九九×〇、八七〇=七八二、一三〇

四 九四三×〇、八三三=七八五、五一九

五 九九〇×〇、八〇〇=七九二、〇〇〇

六 一〇三九×〇、七六九=七九八、九九一

七 一〇九〇×〇、七四一=八〇七、六九〇

八 一一四四×〇、七一四=八一六、八一六

九 一二〇一×〇、六九〇=八二八、六九〇

一〇 一二六一×〇、六六七=八四一、〇八七

一一 一三二四×〇、六四五=八五三、九八〇

一二 一三九〇×〇、六二五=八六八、七五〇

一三 一四五九×〇、六〇六=八八四、一五四

一四 一五三一×〇、五八八=九〇〇、二二八

一五 一六〇七×〇、五七一=九一七、五九七

一六 一六八七×〇、五五六=九三七、九七二

一七 一七七一×〇、五四一=九五八、一一一

一八 一八五九×〇、五二六=九七七、八三四

一九 一九五一×〇、五一三=一〇〇〇、八六三

二〇 二〇四八×〇、五〇〇=一〇二四、〇〇〇

二一 二一五〇×〇、四八八=一〇四九、二〇〇

二二 二二五七×〇、四七六=一〇七四、三三二

二三 二三六九×〇、四六五=一一〇一、五八五

二四 二四八七×〇、四五五=一一三一、五八五

二五 二六一一×〇、四四四=一一五九、二八四

二六 二七四一×〇、四三五=一一九二、三三五

二七 二八七八×〇、四二六=一二二六、〇二八

二八 三〇二一×〇、四一七=一二五九、七五七

二九 三一七二×〇、四〇八=一二九四、一七六

三〇 三三三〇×〇、四〇〇=一三三二、〇〇〇

三一 三四九六×〇、三九二=一三七〇、四三二

三二 三六七〇×〇、三八五=一四一二、九五〇

三三 三八五三×〇、三七七=一四五二、五八一

三四 四〇四五×〇、三七〇=一四九六、六五〇

三五 四二四七×〇、三六四=一五四五、九〇八

三六 四四五九×〇、三五七=一五九一、八六三

計三八〇二三、八七五

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